ノンベ趣味を語る、その4
(酒について)


2001.4. 6

酒と言うのは、グルメの部類に入るのかな〜、
などと思いながらも、一つのページで書く事にした。

恥ずかしながら、ノンベが酒をおぼえたのは、
法律で定められた年近くになってからだった・・・と思う。
しかし、酒を飲んだのは、小学生の時であった。
昭和30年代、大人達にとっても何も遊ぶものが無く、
何かにつけ、集って酒を飲むのが「ストレス解消する」時代だった。
確か親類の新年会みたいなところで、大人達が酔っ払って寝てしまい、
残ったサカズキの中の酒を興味本位に飲んだのが、
ノンベの最初の酒との出会いであった。
「辛い〜」、と言うのが感想だった。
こんなもの何がうまいんだろうね、本気でそう思ったのが、
ノンベをおくてにした原因だった。
そしてもう一つ、今は亡き親父の酒癖の悪さも原因かしら。
なにしろ、玄関からはいあがれないほど酔って帰ってくるのが日常だったから。
酒飲みはキライだ絶対飲むまい、
そう思ったノンベが「ノンベ」になったのは・・・、
この続きは、少し「しらふ」になってから・・・。


2001.4.13

失敗談義その1。
のっけから失敗談義である。
はじめて本格的に酒を飲んだのが、高校を卒業する間際であった。
卒業式を間近にひかえて、友人達とさよならパーティーをやった時だった。
その時飲んだのは、確かサントリーカスタムと言うウイスキーだった。
友人の家に集り、その頃はやりのコークハイにして飲んだ。
これが甘くて美味しいんだよね。
ノドごし軽やか、すいすい入った。
高校の思いでやら、これからの話など、飲むに連れ酔うに連れ、
大いに盛り上がった。
時間がたち、ふと気が付くとなんか様子がおかしい。
限度を知らないと言う事は、恐ろしい。
なんと突然、世界がまわり出したのだ。
これがノンベの、酒による失敗談義の序曲だった。
今でもその友人に会うと頭を下げてしまう。
なんとノンベは、
友人が社会人の門出にと新調した革靴にゲロしてしまったのだ。
もちろん革靴はおしゃか。
ノンベも就職組だったため、給料から少しづつ弁償する事で勘弁して頂いた。
最初の酒から、飲み過ぎを体験したノンベである。
この物語から、
ノンベの酒飲み人生と失敗談義の幕が切って落とされたのだった。



2001.5.5

昭和42年4月、ノンベも高校を卒業し、とある会社に就職した。
この頃は、何かにつけ酒を飲むしか楽しみの無い時代で、
仕事帰りは必ず飲んだ。
まだ酒を覚えたてのノンベ、
大人の仲間入りしたと言う開放感も手伝って、先輩のお供をして飲みました。
そして、必ず吐くまで飲みました。
今考えると、恐ろしい事である。
毎日吐くまで飲んだのですから、給料はほとんど酒代で消えた。
なぜそこまで飲んだのだろう、若かった?何も知らなかった?
何だったんでしょうね。
でも、おかげで強くなりました。
結構飲んでも吐かなくなり、一升酒位ではなんともしなくなった。
俺は酒が強いんだ、それがノンベの失敗談義を助長させたのであった。


2001.7.8

酒と言うと、忘年会、慰安会などと、
昭和の時代のサラリーマンの楽しみの一つでありました。
毎日飲んでても、そう言った会は、また違った
楽しみでした。
特に慰安会などは、一年でもっとも楽しみの一つでした。
会社から補助なども出まして、いろいろ出かけました。
あっちの温泉、こっちの温泉、
今は少なくなりましたが、芸者さんなんかはべらせ飲んだものです。
あの頃はカラオケなどなく、芸者さんの三味線に合わせての大合唱。
本当に小皿たたいてチャンチキおけさでしたね。
最近は、カラオケやってもほとんど聞いている人もなく、
一体となって騒ぐ、なんて事もなくなったように思います。
ノンベの会社では、ですけど(^^;